「カド」を取りきらず、大人を楽しむ。
株式会社Fusic
代表取締役社長 納富 貞嘉
1978年、福岡市生まれ。九州大学工学部および同大学院システム情報科学府を修了。大学院に在学中の2002年、友人である浜崎陽一郎(現・取締役副社長)とともにシステム開発事業を立ち上げる。2003年、法人化に伴い株式会社Fusicを設立し、代表取締役社長に就任。現在に至る。
※所属や役職、記事内の内容は取材時点のものです。
将来は教授か社長に―幼少期の漠然とした想いから学生起業へ。
当社は2023年10月10日に創立20周年を迎えたIT企業です。その始まりは、大学時代からの友人であり、現在当社の取締役副社長を務める浜崎とともに大学院在学中に起業したことに遡ります。
幼少期は「大学教授」と「社長」という存在に漠然とした興味を持っていました。父が大学の教員をしており、よく家に学生さんが来ていました。学生さんと接する様子をみて「大学の先生って楽しそうだな」と子ども心に感じたものです。
また、偶然ですが、周囲には「親が社長」という友人が多く、その影響で「社長というのも特別な存在なのだろう」と思った記憶があります(笑)。高校生になると、進路を考える中で「教授」か「社長」という幼い頃の漠然とした想いが、少しずつ将来の選択肢になり始めました。
もともと宇宙が好きで研究者の道も漠然と考えていましたが、高校の先生に「研究者には向いていない」と言われ、自分でも妙に納得しました。そもそも目標の大学に対して成績が足りなかったのもあったのでしょう。そんなこともあり、次第に将来は社長になりたいと意識するようになりました。
その頃、「これからはインターネットの時代だ」という言葉を耳にして、興味を持ったことから大学では情報系の学科を専攻。浜崎と出会ったのもこの時期で、出席番号が近かったこともあり、自然と仲良くなりました。
やがて就職活動の時期を迎え、将来的な社長像を描きながらも、「まずは力をつけたい」という考えもあったので、早く実力をつけられそうだと感じた外資系コンサルや大手IT企業の面接を受けてみました。
しかし、実際に面接を受けてみると期待値が高すぎたのか、どこか拍子抜けする感覚を覚えたんです。また、大手企業では同期だけでも何百人といて、その中の1人「one of them」になってしまうかもしれない、それだと面白くないとも感じました。
一方で、バックパッカーとして世界を渡り歩いた学生時代の経験から、「失敗しても命まで取られるわけじゃない」というマインドを持っていたこともあり、就職することなく起業という挑戦の道を選ぶことにしました。この想いを浜崎に伝えると彼も同じ考えで、「それなら」と2人で在学中に事業をスタートさせることを決めました。
「ここ福岡」から生まれるITイノベーションの意義。
振り返ると、IT領域で事業を始めたのは良い選択だったと感じています。変化のスピードが速く、かつての農業革命や産業革命を凌駕するようなイノベーションが次々と起こるITの世界は、とても刺激的で面白いですね。
また、ロケーションに関して言えば、私は生まれてから現在まで福岡市から住民票が一度も動いていない生粋の福岡人ですが、ビジネスの効率面で考えると「東京」が選択肢に上がるのは当然でしょう。
それでも、私にとっては“ここ”、つまり福岡が中心であり、その感覚は骨の髄まで刻まれているようなものです。
「福岡はいいところだよね」と言われることは多い一方で、その言葉の裏に「住むにはいいけれど、面白い仕事はないよね」というニュアンスを感じることもあります。だからこそ、この福岡を拠点にITを通じて世の中に大きな影響を与える事業をすることは、私自身にとって非常に大きな意味があります。
「クロステクノロジー」「MSP」「プロダクト」―成長戦略を支える三つの柱。
当社は創業以来、最先端のIT技術を活用し、企業や地域社会に価値を提供する幅広い事業を展開してきました。主力事業としては、クロステクノロジー、MSP(マネージドサービスプロバイダ)、プロダクトの三つを柱に据えています。
クロステクノロジーでは、クラウド環境構築やシステム開発、IoTによるデータ収集、AIによるデータ分析など、多様なデジタルテクノロジーを活用して新技術と既存技術を組み合わせることでクライアントの課題解決に最適な技術を提供し、貢献することを目指しており、当社業績を牽引しています。
MSP(マネージドサービスプロバイダ)では、システムおよびクラウド環境の保守運用に加え、パブリッククラウド(AWS)のリセールビジネスを展開し、ストック型モデルによる収益の安定化に貢献しています。
プロダクトでは、自社開発の360度フィードバックサービス「360(さんろくまる)」や連絡サービス「sigfy(シグフィー)」といったクラウドサービスを提供しており、利用者数は順調に拡大しています。
その他の取り組みとして、AIを活用して運転教習を自動化する「AI教習所」への出資や、AWSを活用したクラウドサービス「Atmosphere」による宇宙分野への進出もあります。これらの新規事業では既存の技術力をさらに広げ、新たな市場価値の創出を目指しています。
上場によって、ひとつの答え合わせができた。
2023年3月、当社は東京証券取引所グロース市場への新規上場を果たしました。この上場を契機に営業利益成長率25%を目標に掲げ、事業規模の拡大とともに顧客単価の向上や新規顧客の開拓に注力しています。
また上場を通じて、これまで培ってきたIT技術と地域社会への貢献をさらに広げ、福岡発のIT企業として全国規模でのプレゼンス確立を目指しています。
この上場は、会社を次のステージへ押し上げる重要な転機となっただけでなく、私個人にとっても非常に大きな意味を持つ出来事でした。というのも、学生起業で他の企業で働いた経験がないことに対して、どこかコンプレックスのようなものを感じていたからです。
指針となるものや比較対象がなく、正解が見えない中で、「事業や経営はこれで良いのだろうか」と自問自答を繰り返しながら、試行錯誤を重ねてここまでやってきました。
そして、この上場を経て、「自分の選んだ道や判断はそれほど間違っていなかったんだ」と、ひとつの答え合わせができたように感じています。
※編集部注:写真右が取締役副社長 浜崎氏
子どもたちには「大人って楽しそうだな」と思ってもらいたい。
「これで良いのだろうか」という問いは、人材採用や組織運用においても同じです。その試行錯誤の一例として、キャリア採用で迎え入れた方は入社初日に「数カ月後にもう一度面談をします。それまで、良いことも悪いことも含めて、例えば前職と比べて抱いた違和感をメモしておいてください」とお願いしています。
そして、数カ月後の面談でネガティブなフィードバックがあれば、それを組織の改善に活かすよう努めています。創業当初からこうした取り組みを続けてきた結果、直近では「組織がフラットだ」「自由度が高い」といったポジティブな反応が多く、幸いにも大きなネガティブフィードバックを受けることはほとんどありません。
社内では役職で呼び合うことはなく、社員同士の距離感も近いと感じています。それと同時に、個々人が自分の個性を活かせる環境を大切にしています。これは、私自身がかつて「“one of them”になっては面白くない」と感じて起業を決意した過去にも通じている部分かもしれません。
幼い頃、テレビで見た満員電車の光景が今も記憶に残っています。押し込まれるビジネスマンたちの目には光がなく、インタビューでは会社や仕事への愚痴が次々と語られていました。その光景は、子ども心に強い印象を与えました。
そして今、組織を運営する立場となった私は、少なくとも人をそんな風にしてしまう組織にはしたくないと強く感じています。私生活では現在、4児の父である私にとって、子どもたちには「大人って楽しそうだな」と思ってもらいたい。この想いは組織運営においても私の根本的な価値観となっています。
仕事の生産性や効率化を追求する一方で、属人性を排除しすぎると、仕事は面白さを失ってしまうと私は考えています。「あなたがいるからこそ成り立っている」という属人性を大切にしながら、組織全体が同じ方向に進んでいけるカルチャーを、これからも醸成していきたいですね。
「カド」 が、取りきれなかった人へ。
私たちが社会の中で生きていく上では、自分の個性を前面に押し出すばかりでは成り立たない場面もあります。時には周囲に合わせて自分を抑えることが必要な場面もあるでしょう。しかし、その過程で本来残すべき個性まで失ってはいないでしょうか。
川の流れに例えるなら、上流から下流へ流れる石は転がるうちにカドが削れ、丸くなっていくようなものです。そして、一度削れてしまったカドを元に戻すのは決して簡単ではありません。だからこそ当社は「まだ取りきれていないカド」を持つ方を求めています。
そのカドは単なる角張りではなく、大切に守るべき個性であり、新しい価値を生み出す原動力です。そしてそれこそが、私たちがともに未来を切り拓いていくための欠かせない要素だと考えています。